「映画 ドラえもん のび太と空の理想郷」感想

この記事は

「のび太と空の理想郷<ユートピア>」の感想です。
ネタバレあります。

はじめに

大長編ドラ時代からの伝統ですけれど、単なるエンタメで終わらず、物凄く考えさせられる内容の作品って多いんですよね。
今作もまさにそう。

過去作で言えば、「のび太と雲の王国」は、まさに同じ空を舞台とした作品だけにテーマも似通っていたと思います。
環境破壊を続ける人類を洗い流す計画を阻止しようと奮闘したドラ達が「のび太と雲の王国」。
かたや今作は、戦争やいじめを無くすために全人類を洗脳する計画の阻止に挑みます。

感想です。

難しいテーマ

子供が見て分かりやすくするために重たいテーマを秘めつつも、友情物語にシフトする様子も先に挙げた「のび太と雲の王国」と同じ構図でした。
友情物語に目を奪われてしまうとつい忘れがちなところ、しっかりとしずかの一言(「レイ博士も可哀そうな人なのかも」という内容のセリフ)でフォローして「もっと考えて」と観客に呼びかけていたと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

レイ博士の此度の計画ですが、手段がまずかったのであって、目的は崇高なモノでした。
まさに理想と呼べるものでしたよね。
世界から争いが無くなれば、ごくごく一部の人達を除けば、誰もが求める理想の世界だ。
理念は本当に素晴らしいと思える。

けれど、手段がまずい。
「1人1人が争いを忌避するようになれば、理想郷が生まれる」とかそんな概念なのですかね。
洗脳して、強制的に従順にさせる。
これは作中の言葉を借りれば「心を無くす」ことですからね。
更にいけなかったのは、洗脳できなかった人間を武力行使で排除した(排除しようとした)ところ。
これでは独裁者でしかないし、なにより己の掲げる理想郷に反している。

結局のところレイ博士が悪人であったことは疑わしくも無いのですけれど、現実的に考えれば「洗脳くらいしなければ、理想郷は作れない」ってことでもありますよね。
清濁併せ吞まなければ…って訳でも無いけれど、世界から争いを絶つには、汚い手段を取るしかなかったというのは理解できちゃうんです。

勿論、それなら仕方ないかとは思えないんですけどね。
そこはどうしてものび太たちの言い分の方に肩入れしちゃう。
僕なんか古い人間は、「のび太と夢幻三剣士」の主題歌である「世界はグー・チョキ・パー」(名曲)を連想しちゃいました。
今作にピッタリの歌詞なんですよね。
個性が…心があるからこそ人間らしさってある。
それを奪われるのは人間では無いってことだと思うのです。

レイ博士の計画。
間違ってはいたけれど、じゃあどうすれば良かったのかと言う答えは簡単には出ない。
永遠に出ないかもしれない。
それでも考え続けていかないといけない問題なのかもですね。…政治家が。

終わりに

来年は「のび太とブリキの迷宮」のリメイクかしら?
出来ればオリジナルで行って欲しいなぁ。

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