この記事は
「映画 ドラえもん のび太の絵世界物語」の感想です。
ネタバレあります。
今年は出遅れて鑑賞
あくまでも個人的にですが、昨年の出来があんまりだったことも関係して、基本公開直後には行っていた例年と異なり、大分出遅れての鑑賞となりました。
そんな訳で期待値も低かったのですけれど、いやはや。
これだよ、これ!!
僕が求めていた「映画ドラえもん」の全てが詰まった映画でした。
わさドラ版の全てを鑑賞してるわけでは無いけれど、それでも僕が見てきた中でベストだったぞ。
ワクワクドキドキ。すこしふしぎな冒険譚
藤子・F・不二雄先生が描く冒険譚にワクワクした小学生時代。
それはまさに小学生だった僕にとって夢に溢れた物語だったのです。
海底、ジャングル、地底。
地球の何処かには、人類が未だ辿り着いていない地がある、かもしれない。
大人からしたら鼻から信じないかもだけれど、子供にとっては「あるかもしれない」と思わせてくれる舞台があり、そこをドラえもん達が勇気と知恵で冒険していく。
これが僕にとっての「映画ドラえもん」の原風景。
今回の舞台は絵の中の世界…と思いきや、13世紀のヨーロッパ。
今は滅亡してしまい、「失われた王国」となった「アートリア公国」。
13世紀から数世紀先にまで亘って存在した王国が「失われた」ことになるとは流石に思えなかったけれど、そこはご愛敬。
アートリア公国を舞台にしたドラえもん達の大冒険。
メインキャラもゲストキャラもしっかりと活躍の見せ場があって、想像以上に強大だった敵との戦いにもハラハラ。
全編に張られた伏線を終盤で丁寧に拾い上げる点もしっかりと行われていて、まさに満点の出来。
いや~面白かった。
クレア
散文的に思いついたことを書いていきます。
先ずはクレアについて。
今作の主人公とも言っていいほど、ゲストキャラの枠を超えて非常に良いキャラでした。
単純に可愛かったよね。
元気いっぱいでお転婆。
機転が利いて、勇気もある。
チョコの味に感動する様子であったり、マイロに恋慕を抱いたり、勇ましくドラの道具で仲間を救おうとしたり。
表情がコロコロ変わって、見ていて飽きなかった。
そんな彼女のオチについては、流石に想像外でした。
序盤でドラえもんが語った「真相」が全てだと思ってたんですよね。
思い返してみれば「お風呂嫌い」が伏線だったのね。
ソドロを嵌めるためにしずかがクレアの「お風呂嫌い」を「使っていた」から、まさかその先に更なる秘密が隠されているとは思えなかったのも想像に至れなかった理由。
ここは本当に脚本が巧みだった。
「何故4年前の失踪時の姿だったのか」もスッキリと解明したし、はいりこみライトが作用していたって説明より、ずっと綺麗に納得出来た。
少し心配だった「このまま消えちゃうのか」も杞憂に終わって良かったしね。
記憶共有してたのは、流石にご都合主義だったとは思うけどさ。
そこはそこ。
のび太達との記憶が無かったら、ちょっとビター気味なエンドになっていただろうから、ご都合でも何でも僕としてはOKでした。
展開が読める=つまらない では無い
久々に絶望感を与えさせてくれるほど強力なヴィランだったイゼール。
どうやってドラえもん達は、この怪物を倒すことが出来るのか?
バトル漫画じゃあないんだから、力と力でぶつかってぶっ倒す、訳では無い。
これまでの映画を見てれば、自然と誰しもが思いつくのが「既に登場したアイテム」がキーになるだろうという事。
水が弱点だと分かり、モーゼステッキでの湖の水攻めも失敗に終わった。
感の鈍い僕でも、ピンと来たよね。
ドラが水ビル建築機で作った彼らの一時的な家。
これを水もどしふりかけで水に戻して、トドメを刺すんだ!!と。
事実その通りにことが運ぶわけですけれど、じゃあ予想通りだったから落胆したかというとそんな訳もなく。
そりゃ伏線を張っていて、それを拾っているから。
「映画ドラえもん」の伏線の上手さは、「何気なさ」ではないかな。
敵を倒すための伏線が判明した時に「まさか」と思えることが多い。
今回も、非常に自然に物語に溶け込んでましたもの。
映画の舞台で日常生活を送るのは、「映画ドラえもん」の定番シチュエーション。
半日で大冒険が終わるはずも無いから、大抵泊まりになる。
小学生だけで泊まり、しかも、親に事前に知らせてないことが多いから、ほぼ必ず「冒険を始めた元の時間に戻る」がセットになる。
そう。
定番のシチュエーションなのです。
そうなると家も必要だし、ご飯もいる。
家はドラえもんのひみつ道具で作る。主な材料は、舞台にちなんだものが使われることが多い。
アートリアブルーに輝く火山湖。
ここの水を使うのは、やはり納得出来るだけの下地があります。
元は水だから、透明で家としては適さない。
外から見えないように水加工用ふりかけの登場だ。
さて、「作る」と「壊す」は表裏一体。
ひみつ道具もそういった関係性を持つ物は多い。
ビッグライトとスモールライトが最も分かりやすいだろうか。
水ビル建築機があるのなら、当然この道具で作った建築物を元に戻す道具もあるでしょうということで、水もどしふりかけの登場も納得出来る。
強いて違和感を挙げるとするなら、水もどしふりかけの形状が弾丸を思わせる流線形だったことでしょうかw
冗談は兎も角、ここまで自然に「日常風景」に溶け込ましてるから、意外性も演出出来ていました。
意外と言えば、のび太のドラえもんの絵がクライマックスに作用したこと!!
マイロが「大好きな人の絵を大好きって気持ちを込めて描いた絵が良い絵」とのび太に伝え、その通りにのび太が描いたのがドラえもんだった。
僕はこれ、単純にほっこりしちゃったんですよ。
あぁ、そこでドラえもんの絵を描くんだって。
ママでもパパでも無いし、しずかちゃんでも無い。
ドラえもん単体なんだ。
「帰ってきたドラえもん」を知ってれば、そりゃほっこりするでしょうよ。
人によっては、ここだけで感動できるだろうね。
ただ単に「良いシーン」。伏線だなんてちっとも思ってなかった。
それなのに、重要なところで3回も登場しちゃう。
1回目はイゼールを罠に誘い込む為。
ビッグライトで大きくして、見事イゼールを湖に誘い出しました。
3回目は、パパに「心のこもった良い絵だ」と言わせる為。
のび太の絵に対する考え方を最後の最後にしっかりとフォローする名シーン。
そして2回目。
いやはや、のび太の絵の中の「下手なドラえもん」が、イゼールに止めを刺す水もどしふりかけを出してくれるとは。
現実世界を舞台にした映画に「絵世界物語」はちょっと違うんではないかと言う想いを綺麗に払拭する熱い展開。
ここのドラえもんがあまりにも可愛かったという副産物もありましたが、意外性とタイトル回収を同時にこなす離れ業でしたね。
終わりに
わさドラ版では「のび太のひみつ道具博物館」を抜いて堂々1位の傑作でした。(個人の感想)