「I AM SHERLOCK」"コミカライズの名手"が手掛けた傑作

この記事は

「I AM SHERLOCK」の感想です。
ネタバレあります。

はじめに

世界的名探偵シャーロック・ホームズをモチーフとした作品は数多く存在しています。
その中でも、個人的に今、面白いと感じているのが「ジャンプSQ.」連載中の「憂国のモリアーティ」です。
ホームズ最大の宿敵モリアーティ教授を主人公に据えた漫画で、最初は「どうすんだろう、これ」と思ったものです。

ヒールが主人公の漫画が無いわけではないけれど、一応少年誌である「SQ.」に載せられるのであろうか。
疑問だったのです。
ただ、所謂「悪を斬る悪」として描いていて、「ダークヒーロー物」として見事に成立させている構成に感嘆致しました。
少年少女が無残に殺害されるシーンがあるなど、目を覆いたくなる描写がちと辛いのですが、原典を尊重しつつ脚色された物語は、非常に面白いです。

さて、「ゲッサン」で連載されていた「I AM SHERLOCK」も非常に好きな漫画でした。
先月最終第4巻が発売され、発売当初に買ったものの、読めていなかった最終巻。
漸く読みましたので、感動そのままに記事にしてみます。
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非常にオススメできるホームズ漫画です。

コミカライズで大切なこと。

さてさて。
コミカライズ作家(作画担当者)を選定する上で大切なことって何でしょうか。
人によって解答が変わってくるのでしょうけれど、僕なりの答えがあります。

絵でしょうか。
確かに大事な要素ですよね。
けど、「編集部側としては重きを置いてない」とも感じています。
新人や経験の浅い漫画家さんに依頼される事が多いからです。
近年は長期連載経験者が担当されるケースも目立ってきました。
「週マガ」連載中の「化物語」の大暮維人先生とかそうですよね。
少し前(13年前を「少し」って表現するのは無理があるか…)なら「かみちゅ!」の鳴子ハナハル先生とかもそうだね。
なので、一概に否定する事は出来ないですが、より重要視されている点があると思っているのです。

僕が考える一番は構成力です。
大事な要素ですよ。

原作がアニメにしろ小説にしろ、漫画という「原作と異なる媒体」に落とし込むのです。
再構成する必要性があります。
「そのまんま」は不可能と言っても良いですから。

わざわざ「構成」担当を置く作品もあるくらいですからね。
「憂国のモリアーティ」がそうです。
(但し、コナン・ドイルの原作をそのまま漫画にしてる訳では無いので、「翻案」とした方が近しい気がします)
他には「ヤングガンガン」の「りゅうおうのおしごと!」とか、古いとこでは「紅 kure-nai」もそうですね。
(「紅」は「コンテ構成」という名目で降矢先生を立てています。)

代表的な「再構成」としては、「原作の分割」ですね。
これは漫画や小説⇒アニメというルートでも同じですが、「決められた枠」に当てこむ作業が生じます。
月刊連載の漫画で言えば、例えば1話35ページなら、原作のどこからどこまでを描くか決めることになります。
見せ場や引きも考えながらの作業なので、容易じゃないことは想像に難くありません。
必然、カットしないと入りきらない場面に往々として遭遇する事でしょう。

パッと見で「カットしても問題無いシーン」があれば良いですが、考え込むケースも出てくるはずです。
「物語の本質」を描く為に「必須な描写」と「無くても成り立つ描写」に分別して。
全体を俯瞰した上で、時に順番を入れ替えて。
やることは膨大です。

場合によってはゼロから物語を構築するよりかは難しいんじゃないかな。
無論ゼロベースからの方が大変なのは前提で。
やったことないので断言は出来ないですけれど。
少なくとも「原作が有るから楽でしょ」ってことは無いと思うの。

作品によっては、都度原作者監修が入ります。
「監修のタイミング」によっては、作画担当者の負担は減りそうです。
一番楽出来るのは、最初の打ち合わせから参加してくれることですね。
要するに、原作者が漫画用のプロットを作ってくれると楽。
上で挙げた諸々を悩む事が無くなる可能性まであります。

ただ、それ以外は監修が入っても大変さは然程変わらないのかなと。
特に「ネームを見て貰う」レベルだと。
ネーム作るのが漫画の制作工程で一番大変だと聞きますからね。

とまぁ、長々と書いてきましたが、何を言いたいのかと言えば伊緒先生はコミカライズ作家として申し分ないということです。

「俺ガイル@comic」は良いよ!!

伊緒先生は現在「サンデーGX」で「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。@comic」を連載中です。
渡航先生の同名ラブコメを原作としたコミカライズです。

あとがきを読む限り、恐らく渡先生が漫画用のプロットを作っている訳では無いのでしょう。
伊緒先生が原作を読み込んで、ネームを作ってる。
この段階で監修が入ってるかもですが、基本的には伊緒先生が構成も兼任してる訳です。

となれば、やっぱり上手いです。
毎回ページ数が変動してるので、ネームに合せたページ数の調整を行ってる可能性があり、だとすれば、その分多少構成に余裕があるのかもですが、それ踏まえても上手いんですよね。
原作を出来るだけ忠実に、その上で、しっかりと毎回山と引きを作って漫画にされています。
勿論「あそこ削られちゃったか~」ってこともあります。
漫画で読みたかったシーンが無かったなんてこともあるんです。
けど、「必須な描写」かと言えばそうではなく、「無くても成り立つ描写」なので、僕の我儘にすぎません。
(そういったシーンもコミックスカバー下のおまけ漫画でしっかりと「漫画化」してくれることが多いので、サービス精神満載で嬉しくてたまらないのですが)

「俺ガイル」で手腕を遺憾なく発揮している伊緒先生が脚本を手掛けたのが、今作。
アンドロイドのホームズと人間ジョン・H・ワトソンのコンビが宿敵モリアーティから地球を守る壮大な冒険絵巻です。

友情に重きを置いたホームズ&ワトソン

僕自身シャーロキアンって訳でもなく、子供向けに翻訳された原作小説やドラマ、映画をちょろちょろっと見た程度の知識しか無いのですが…。
僕が触れて来た大方の作品では、ワトソンの存在理由が希薄だったんですよね。
サイキックというポジションは理解出来ますけれど、それ以上の意味合いが見て取れなかったんです。
彼は必要なのだろうか?
単純に不思議でした。

というのも、ホームズがほぼほぼ完璧な英国紳士として描かれていたからです。
やや偏屈な部分こそあるが、観察眼に長け、常識を持ち合わせ、そして紳士である。
彼1人で探偵業は成り立つし、私生活も不自由ない。
ワトソンは必要なのかなと。

そんな疑問を氷解させてくれたのが、2009年公開の映画「シャーロック・ホームズ」でした。
主演を「アイアンマン」でお馴染みのロバート・ダウニー・Jrが演じ、ジュード・ロウを共演に迎えたこのシリーズは、従来のホームズ像をぶち壊すものでした。
紳士的なイメージが一切なく、怠惰な生活を送る「ダメ人間」として描かれていました。
更には、メッチャ強い設定。
原作で設定されている(が披露される事が殆ど無かった)格闘技術に焦点が当てられ、観察力と洞察力で相手の動きを先読みしつつ倒すという「超アグレッシブ」なホームズ像を構築。
その為、推理ミステリではなくて、アクション映画になってました。
初見では「こんなんありか?」って思いましたよ。
僕の中のホームズ像とはかすりもしなかったので。
けど、調べて行くと原作の人物像を踏襲してる部分が結構あるということが分かりました。
だからこそ、ショックを受けたのです。
というのも、ホームズがコカイン中毒者だなんて、この映画を見るまで知らなかったんですよね。
原作もそうだと知った時、僕の中の「正義の探偵」というホームズ像が音を立てて崩れた瞬間でした。

麻薬常用してるんですよ。
当時のロンドンの常識は知りませんけど、今の(日本の)常識から言えば立派な犯罪者ですもん。
ショックでしたね。
子供向けの翻訳から消されたのも頷けます。
子供には読ませられない設定ですよね。

でも、お陰で、ワトソンの存在意義がはっきりしたのです。
医師として、友人として、放っておくと「廃人」になりそうなホームズを支える一番の理解者。
ホームズ自身が唯一の友人と言うだけあって、「ワトソンが何故必要なのか」がはっきりしたんです。
彼の映画でもワトソンは完璧な相棒として大活躍しますからね。

またしても前置きが長くなりましたが、「I AM SHERLOCK」が描くのは、ジョン(ワトソン)の存在意義。
人間感情に疎いホームズ。
彼に「人間らしさ」を教えるのがジョン。
かくして、欠かせない相棒となる2人の関係性が築かれていくのですが…。

僅か4巻しか無いのですが、多分ほぼほぼ構想通りなんじゃないかと思う。
打ち切りじゃ無いと…信じたい。
最終回はセンターカラーだったので。
なによりも、最終章にしっかりと話数が割かれ、過不足なく綺麗に終わってますので。

決して良いとは言えない出会いをしたホームズとジョン。
アンドロイドと人間。
それが宿敵との戦いを通して、確かな絆を紡いでいく様が、実に見事に描かれています。
伊緒先生の確かな構成力が成せる業とでもいうのか。

4巻で終わってしまったのは非常に残念ではあります。
然しながら、しっかりと見事なまでに終わっているので読後感はとっても良かった。
非常に面白い漫画でありました。

終わりに

作画は高田康太郎先生。
「ハレルヤオーバードライブ!」で劇的に絵が上手くなった漫画家さんですね。
初期と終盤では「別人か?」ってくらいに画力が違います。

なにより氏の描くヒロインが可愛くて、新作に期待を寄せていたのです。
それもあって、本作を読み始めたのですけれど、うん。
この漫画に「ヒロイン」と呼べる立ち位置の女性キャラはいません。
数少ない女性キャラの中でも、きらりと光るハドソン夫人の可愛さったら。
未亡人とは思えない愛らしさって書くと、失礼ですけど、愛らしいんですよ。
可愛らしい。

女性キャラの可愛らしさにも着目しつつ、本作に興味を持っていただきたいです。

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