「ガラスの花と壊す世界」 尺に見合ってなかった物語の構造と世界観説明

この記事は

「ガラスの花と壊す世界」の感想記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。

はじめに

「ガラスの花と壊す世界」。
否定的な感想で申し訳ありませんが、短く感想を。
ネタバレを多く含みますので、これから鑑賞を考えられている方はご注意くださいませ。

感想

つい数時間前に鑑賞を終えて帰って来まして、ざっと感想を回ってみました。

尺が足りない。
TVシリーズで見てみたい。
2時間あれば‥。
目についた意見で、僕自身これには同意しちゃいます。
けれど、「1時間弱」という尺を「選んで」作られている作品なのですから、これはもう素直に構成のミスだったと言っちゃっても言い過ぎではないんじゃないかなと。

作品の世界観や設定に説明が必須なタイプの作品って、どれだけ簡単かつ分かり易く解説するかがポイントだと考えます。
この作品は明らかに説明が必要なタイプ。
それなのに、説明はひどく難解な構造を取っていました。

恐らくなのですが、一種のどんでん返しを狙った構造であったと考えます。
「1つ目の構造」として、序盤でデュアルがスミレに話した「世界観」がありました。
デュアルとドロシーの2人(?)のアンチウィルスプログラムがウィルスを駆逐する電脳世界。
非常にシンプルな説明でした。
分かり易く簡潔に「世界観を分かっている」キャラを「解説者」に見立てることで自然と観客に見せてくれていて、ここまでは多くの方が疑問を抱く事は無いと思われます。

この構造を前提に話が進んでいくのですが、終盤になって「記憶喪失」だったリモが唐突に「2つ目の構造」を語りだします。
そこまでは「1つ目の構造」を真としていたのに、それが終盤で否定される訳です。
デュアル達が信じていた世界観は実は間違っていて、リモだけが理解していた真の世界観があった…と。

デュアルとドロシーにとっては、信じていた世界が根底から覆されたわけですから、衝撃のどんでん返し的な展開になるんでしょうけれど、僕からすると唖然。
どんでん返しが活きるのは、しっかりとした伏線が張られている場合のみです。
伏線が無いと所謂「超展開」、「視聴者・読者置いてきぼり展開」等と評されがちな構造です。

なんとかついていけて、おぼろげながらも全体像の把握は出来た…気がします。
ただ、それだけで感動も出来ず、感情移入も出来ず。
当然「2つ目の構造」の判明時で驚けず。
話に入り込めなかったんですね、世界観の把握に頭を使っていて。

世界観や設定なんてものは、基本冒頭で理解出来てることが一番です。
ここを咀嚼出来て初めて話に没入出来る訳で、終盤まで「世界観の把握」に意識を割かなければいけない時点で感情移入まで意識が回らないんですよ。

設定を削ぎ落してシンプルに徹するか。
「2つ目の構造」を最初から理解している解説者を用意して予め観客に提示しておくか。
伏線を張っておくか…。
僕としては、「マザーの残滓がリモ」という一点だけを伏せたまま、それ以外の全てを最初にデュアルに語らせて欲しかったです。
これだけで構造がグッとシンプルになって、しかも、「リモの正体」という終盤のどんでん返しの肝を残せたんじゃないかな(という素人の戯言)。
何れにせよ上映時間に見合ったシンプルさが必要であった気が致します。

終わりに

僕はよく漫画賞の選考ページを読んだりします。
別に自分で投稿していた訳でも無いですし、漫画家を目指していて解説を参考にしていたという訳でもありません。
特に意味は無く、漫画を読むついでに読んでいるだけです。

そこで偶に目にするのが「プロットに対してページ数が合っていない」というもの。
とんでもなくざっくりと誤解を恐れずに書くならば、「ギャグなら15ページ以内」、「ストーリーものなら31ページ程」。
内容に対して適当なページ数があるよねって意味のコメントですね。

まさにそれを映像で見たという印象。

今作は「TVシリーズで」という意見が散見されるほどには、「長編向き」の内容でした。
それを中編程度に圧縮しているのですから、カタルシスも感じにくければ、感情移入もし辛いのも無理からぬ事かなと。

漫画の選考ならば、構成でダメだしを喰らって、絵を評価されて佳作とか入賞…って感じでしょうか?
綺麗な映像美を堪能する。
若しくは、カントクさんキャラデザの美少女で目の保養をするなどの目的ならば満足感を得られると思います。

ただ、お話としては個人的には厳しかったです。
尺に見合ってなかったなという一言に尽きますね。

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