印象に残らない最終回
終わりよければ全てよし
故事・ことわざですけれど、由来はなんでしょうと思って調べてみたら、英文の「All’s well that ends well」を訳した物だったんですね。
かのシェイクスピアも同名の戯曲を書いているとか。
知ってる人にとっては常識なんでしょうけれど、初めて知りました(-_-;)
さて。
「GS美神〜極楽大作戦!!〜」です。
「週刊少年サンデー」の黄金期と呼んで差支えないと思うのですが…。
そんな90年代当時の「サンデー」を代表する作品の1つであり、アニメ化、映画化も果たした「絶チル」に並ぶ椎名先生の代表作ですね。
当時の「サンデー」コミックス最長記録となる39巻を発行。
数字的に見ても大ヒット漫画と言えますね。
僕がこの漫画を読んだのは完結してから。
大学生の頃でした。
少しずつコミックスを集めて、夢中になって読んでいた日々が懐かしい。
椎名先生のハイテンションなギャグがツボに入って大笑いしながらもハラハラドキドキした展開に手に汗握り。
迫力満点のアクションとバトルに見入っていました。
あれから10年の歳月が過ぎたとはいえ…。
あれ?と。
おやおや?と。
どんな結末を迎えたのか全く思い出せないんですよ。
それだけの時間が経過したからというのは勿論そうなんでしょう。
最近は物忘れも酷くなってきたのか、続刊購入中の漫画ですら「あれ?前巻はどうやって終わったっけ?」と首を傾げる事もしばしばw
ぶっちゃけ最近(というか、ここ2年以上かな)「週刊少年ジャンプ」の感想を書かなくなったのは、主にこれが原因だったりします。
それにしても…です。
たいてい結末って記憶に残るじゃないですか。
上の格言じゃありませんが、特に「綺麗に終われたな〜」と感じた作品に関しては。
「美神」って僕にとってはハッピーエンドだったという記憶はあるんです。
「終わり方が気に入らなかったから忘れた」訳では無い。
では、何故なんだろうと。
39巻もの長きに亘る作品のラストを忘れちゃうのは不思議でした。
こんな最終回でした
という訳で読み返してみて、なんだか納得。
あ〜そういえば、そうだったなって。
そもそも「GS美神」という作品は当初は1話完結の悪霊退治ものでした。
次第に複数話に亘る中長編シリーズが大半を占めるようになっていくという構成。
今でいう「銀魂」が近いかもしれませんね。
連作短編から中長編シリーズメインへ切り替わるというのは、さして珍しくもありません。
だから、中編または長編が最終シリーズに来ていないと、違和感を覚えやすいのかなと。
「GS美神」の最終回は、前後編の短いエピソードでした。
なんていうのかな。
一般回の延長線上のお話だったんですよ。
特別感なんて全く無い。
最終回とは思えないような内容。
極端な話、これが第1巻に収録されていてもなんら不思議ではない様な。
そういうエピソードで締め括られていたんです。
しかも夢オチというね(笑
折角の最終回が「ガッカリ展開」の代名詞とも言える夢オチw
まあ、「唐突に未来が舞台になって、美神達が悪霊になってました」という突拍子もない展開だったので、夢オチは寧ろあって然るべきなんですけれど。
読み直してみて、改めて記憶に残り辛い終わり方だったんだなと感じてしまいました。
だって「普段通りのエピソード」が最終回を飾っていたんですからね。
最終39巻で椎名先生自身がこんなコメントを残されていました。
別に何かがどーなって「完」っていうまんがじゃありません
最後にラスボスを倒した訳でも無い。
美神が悲願(夢や目標)を達成した訳でも無い。
伏線を回収し、物語的に終わりを迎えた訳でも無い。
美神達の除霊はこれからも変わらず続いていくという終わり方。
先生のコメントが全てを物語っていて、長編漫画としてはあまりにも「普段着」過ぎた。
印象に残り難いのも多少は納得出来ました。
でも本当にそれだけなのか???
いくらなんでも自身の記憶力の無さを棚に上げすぎじゃないのか?
美神令子は守銭奴である。
物語としてのクライマックス。
シリーズ全体のラスボスを倒して、全ての伏線を回収し、美神自身の因果のドラマを掬い上げた。
ある意味長編漫画の最終エピソードとしてのテーマが全てぶち込まれた超長編シリーズが35巻で終わっています。
「アシュタロス編」。
「エピローグ」と称された特別なエンディングまで丸々1話用意された、まさに集大成のシリーズ。
このシリーズが終わった直後の美神のぶっちゃけトークがこちら。
あまりにも長かったこのシリーズでは、本当に全てを消化してたんです。
美神がギリギリの発言をしてるように、この後は消化試合。
これまでの反動か、初期のような構成に戻り、1エピソード1〜2,3話の短編のみになりました。
日常の悪霊除霊中心となり、それが最終巻までの4巻丸々続いています。
最終回のうんと前に「実質最終回」を迎えていた事は大きいです。
散りばめられていた伏線が収束し、全ての謎が解けて、ラスボスを倒してしまったんですから。
先程も触れましたが、丸々1話「エピローグ」というサブタイトルを付けたお話まであるんですから、作品としてもここで終わっていても綺麗に締まれていたんじゃないでしょうか。
でも、そうはならなかった。
日常に回帰したのは、この漫画がやっぱり「美神令子の物語」だったからなんでしょうね。
美神令子は守銭奴である。
誰よりも卑しく、誰よりも金に汚く、誰よりも金を愛している「クソ女(作中の蔑称ママ)」である。
勿論文字通りそのまんまという訳では無いですけれど、とはいえ、これが美神令子のアイデンティティだと考えます。
美神令子と言えば守銭奴。
守銭奴と言えば美神令子。
そういうツーカーな関係。(使い方間違ってる)
「アシュタロス編」でも、ちゃんと宣言してます。
令子ママ(美智恵)曰く「照れ隠し」とのことですけれど、これはそのまんま受け取るべきでしょう。
アシュタロスとの最終決戦直前に言ってるので尚更そう感じちゃいます。
美神令子にとって、悪の親玉との決着とか、地球の平和とかは二の次、三の次。
仲間に手が及んだりしたら黙っちゃいないけれど、そうでなければ依頼人から法外な料金をふんだくって、”小遣い”稼ぎに勤しむ平和な日々を優先したいと考えている。
だから、そういう普段通りの平和な日々に物語が回帰するのは自然な流れなんですよね。
誰よりも主人公自身がそれを望んじゃっているんですから。
最終エピソード「ネバーセイ・ネバーアゲイン!!」。
美神と横島が偶然なのかどうなのか同じ夢を見ていたというオチ。
未来で悪霊になった自分達を除霊に来たゴーストスイーパーとの騒動の一部始終の夢。
悪霊美神は、「他人が(自分を除霊して)儲かるのは嫌だ」と反抗。
自分達が成仏しても誰も儲からないと知らされるや、あんなに拒んでいたのに簡単に成仏しちゃう。
非常にらしい現金ぷりを披露。
夢から覚め、同じ夢を見た横島が正夢ではと心配してると、未来なんかどうでもいいと言わんばかりに最後は信条である「現世利益 最優先」の言葉で締め括る。
最終回までお金命を貫いているのは、流石というしかありませんねw
「美神令子の物語」らしい最終回とも言えるのかもです。
まとめ
美神令子というキャラクターを鑑み、作品全体の構成を見ていく。
すると、長編漫画として相応しいエピソードがあくまでも中継ポイントに過ぎず、普段通りの小銭稼ぎの日常がゴールになっている点に納得出来ました。
「世界を救う戦いなんて一銭にもならないボランティア…!!
一刻も早く終わらせて悪霊退治で小銭を稼ぐ平和な生活に戻るのよっ!!」
この「照れ隠し」がこの作品を・美神令子を表す全てに思えてきました。
大きな大きなドラマがあるのに、そんなの関係ねえとばかりに小銭稼ぎに勤しむ守銭奴の漫画。
最終回の印象は確かに残り難いのかもしれませんけれど、だからこそ「この漫画らしい」最終回だったのですね。