この記事は
「氷菓」感想及び考察記事です。
ネタバレありますのでご注意下さいませ。
はじめに
「クドリャフカの順番」編が完結しました。
これまでのシリーズでも最高傑作と言いたいほど、非常に面白いエピソードでした。
ミステリとしても、日常モノとしても、そして里志がこれまで抱えていた感情を軸とした青春群像劇としても。
色々な要素がぎゅっと押し込められていて、それが全てバランスよく成り立っていた。
だからこその面白さを存分に満喫いたしました。
今回はそんな「クドリャフカ」編総括と奉太郎の推理シーンから連想した考察を書いてみます。
「クドリャフカの順番」総括
里志が奉太郎に対して抱えていた感情。
劣等感。
生きていれば誰しも感じる事だし、イメージ的には青春時代特有の感情な気もします。
いや、当然大人だって持っているし、これを糧にしてもっと頑張ろうと前を向く人もいる。
でも、そうは考えられない人だっていて、そういう感情を様々な角度から描かれていたのが今回のエピソードだったのですね。
里志は勿論、田名辺も河内も、そして摩耶花だって持っていて。
ほろ苦い青春群像劇という今作のドラマ性を、このエピソードで体現せしめた要素であり、また事件の動機に繋げるあたりが全体の連帯感を増してもいて。
ファーストエピソードでの文集「氷菓」の「結末」を絡ませてたり、文化祭を舞台としている必然性と良い、文句の付けようのない物語が心地よかったです。
特に里志の感情は本当に共感できるものですね。
自身も認める他者の上を行きたい。
けれど、どんなに足掻いてみたところでその差を埋めるどころか、その相手の凄さを見せつけられてしまい…。
全校生徒どころか外部の人間をも合わせれば、それこそ途方もない夥しい群衆の中から、たった1人の犯人を特定するのですから。
こんな離れ業を間近で見せつけられたらたまったものじゃないでしょうね。
友人として奉太郎の活躍を期待する一方、彼に対する嫉妬もまた大きくなる。
1話から里志の劣等感は描かれていましたけれど、1つの答えが描かれ、それがまた切ないもので。
「データベースは結論を出さない」という”答え”は、非常に悲しいもの。
奉太郎を越えられないと、悔しいけれど認めざるを得ないから。
奉太郎の活躍に「期待」して、自分の劣等感は「データベースは結論を出せない」という口癖で封印してしまう。
「結論を出したいけれど、出せない」。色々な意味が込められていた悲しい口癖。
本当にほろ苦いですが、里志を一層好きになるエピソードでありました。
ミステリの「クドリャフカの順番」
本当に面白いミステリは、何度も読み返せる。
「金田一少年」の副読本で初めて目にした言葉ですが、僕はこの言葉に共感しております。
真相が分かった後だからこそ、気づける点があるのが名作ミステリ。
今回、ちょっと趣こそ違いますが(映像なので)、この点を十分包括していたと思うのです。
真相が判明した第17話。
奉太郎の推理を聞いてから、再度見直してみると、色々な事に気付けました。
初見ではどうしてもメインキャラに目が行ってしまうのです。
で、「謎を解きたい」気持ちでも見て居た為に、それ以外のもっと大きな視点で見ていて。
描かれている個人1人1人を見ずに、全体を俯瞰して見ていた。
だから全く気付けなかったのですが…。
改めて古典部の校了原稿が失われた寸劇シーンを見てみたら、芝居の細かい事細かい事。
田名辺が部屋に入ってくるシーンから、里志の携帯に電話を掛けるシーン。
1人だけ里志の電話を無視して、何か(水鉄砲だと思われます)をポケットから取り出そうとしていたり、事件後はこれまたただ1人、燃え盛る原稿から背を向けていたり…。
奉太郎の”合図”もきちっと描かれていましたし、本当に芸が細かい。
何より田名辺の眼鏡が光っていて、その奥の目が見えないのが怪しさを強調しておりますね。
漫画やアニメって、あくどい事考えているメガネキャラの眼鏡って光るじゃないですか。
奉太郎の合図以降、田名辺の眼鏡はずっと光っていました。
まるで普段の僕のように。
てなわけで、真相が分かって改めて見返す事で、様々な発見が出来ました。
とは言え、初見でこれら全てを看破出来た方からすると「何言ってんだ」というお話ですけれども…。
まぁ、全体的に見ても、今回はミステリとしても非常に面白かったのは疑いようもありません。
奉太郎の推理行程が本当に見事過ぎて、もう言葉になりませんね。
あれだけの情報から十文字を特定するとは、紛れもない名探偵です。
指差しの意味
その奉太郎の推理シーンですが。
実に彼らしいと思えました。
「犯人」と面と向かっての推理シーンというのは、今回が初めてだったでしょうか。
だからこそ、想った事なのですけれども…。
何を思ったのか書く前に、奉太郎以外の名探偵の推理シーンを考えてみます。
同じ高校生であり、ラノベに近い漫画に限定させて頂くと…。
という事で例によって、金田一少年、江戸川コナン(工藤新一)、燈馬想を引き合いに出します。
先ずは燈馬君。「Q.E.D. 証明終了」の主人公です。
彼の推理シーンは基本的に静かなものです。
手を後ろ手にし、身振り手振りも少ない。
言うなれば自身の論文を関係者に読み聞かせるような感じ。
決して感情的にはならず、淡々と組み立てた論理を展開する。
論理という名の「事実」を語っているので、冷静なのは当然と言えるのかもしれません。
そして、犯人を指差す行為は非常に少ない。
初めて明確に指差し行為をしたのは、なんと15巻だったりします。ここからも頻度の少なさが見て取れると思います。
事件の事実を語っているだけだから、感情的になる事は殆ど無いから…。
色々と考えられますが、実に燈馬君らしさが見られる推理シーンにおける特徴だと思います。
金田一君とコナン君は纏めましょう。
犯人の名前を告げる時。名探偵がその犯人を指差して「犯人はお前だ!」というお決まりシーン。
その印象を強めているのが、この2人だったりするんじゃないでしょうか。
とはいえ、実はコナン自身はそういったシーンが少なかったりします。
蝶ネクタイ片手に小五郎たちの後ろで推理を語る事が大概なので、これは当然の事なのですけれども。
それでも、第1話冒頭での指差しだったり、何よりアニメの影響が大きい。
映画では毎回OPで「真実はいつも一つ」と言いながら指差しポーズを取ってますからね。
こういった印象が強くて、総じてコナンが指差しポーズを良く取るという印象にも繋がっているのかもしれません。
まぁ、わざわざ眠っている小五郎の腕を上げて、犯人を指差すなんて事もあった気もしますので、決して間違ったイメージではありませんがw
さて。
この指差すというシーン。
見た目的にも派手ですし、なにより恰好が付く。
とはいえ、一般常識的には決して褒められる行為でもありません。
自分が他人から指差されたり、または行為自体を第三者的立場から目撃しても、不快感を覚える方も少なくないと思います。
僕自身意識して、行為自体をしないように努めていたりしますし、そういう方は多いんじゃないかな。
これ、調べてみると心理学的には
「ワンアップポジションを形成」する行為
と呼ばれているとかなんとか。
参考:http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/hanasikata.htm
つまりは、指差した相手に自分の方が優位であると示している事になるのかな。
とすると、名探偵が犯人に指差し行為をする事も存外間違った行為とは言えないんじゃないでしょうか。
ハジメもコナンも犯罪という行為を憎み、それを犯した人間を許しがたいという気持ちを持っています。
前に別記事にも書いたようにニュアンスこそ異なりますし、程度も違いますが、2人とも犯罪者を憎む心は持っている。
(その上で、人を愛しているのですが…。)
真相究明の場というのは、そういう「悪」を白日の下に晒し、懲らしめる場でもある訳です。
動機が何であれ、人を殺めた罪を償わせる為に、自分(探偵)より犯罪者を心理的に下に置く。
指差し行為をするのは、そんな立場を明示する為なのかもしれません。
こう考えると、ハジメもコナンも犯人を指差すのは納得します。
奉太郎の場合
僕が「氷菓」第17話の推理シーンを見て感じたのは、これです。
指差し行為をしなかったという点ですね。
奉太郎のキャラ的にも、お話の流れ的にも非常に「らしい」な〜と感じました。
奉太郎のキャラとしては、彼が省エネ主義だから…というのが大きいです。
事件に対して基本無気力で、感情を表に出す事が殆ど無い。
「指差し」というエネルギーを使う行為をするとは思えないのですね。
この点は少し燈馬君に似ているのかもしれません。
「事件に積極的で無い」態度と淡々と推理や論理を語るというスタンスが似ています。
お話的に納得いった理由にはいくつかあります。
先ずは今回の事件の程度。
作中でも言われてましたが、この度の事件は、まぁ悪戯レベルですよね。
被害者が警察に被害届を出せば立派な窃盗事件になりますが、そうでなければ「後で返す」と言っているので問題にはならない。
盗まれた方は、怒るというよりも寧ろこの事件を楽しんでいる節がありましたし、これも文化祭の気分がそうさせたのかもしれません。
という訳で、非常に軽微な事件と言えるので、わざわざ犯人を指差して「お前は悪い事をしたんだ」と必要以上に思わせる事も無い。
でも何より大きいのは、この推理シーンの持つ意味ですね。
ハジメやコナンらの推理シーンと違うのは、「「悪」を白日の下に晒し、懲らしめる場」では決してないという事。
この事件の真相を餌にして、”取引”をする為。
これが今回の推理シーンに秘められた意図であって、だから指差しする必要が無い。
勿論相手を脅しているようなものなので、自分の優位性を示すためにも指差しをしても良かったのかもしれません。
平たく言えば「事件の犯人がお前だとばらされたくなければ、言う事を聞け」ですからね、今回の奉太郎のやった事はw
でも、そこはそれ。
脅迫という程の事では無いし、相手は上級生。
奉太郎の性格的な事もあるし、変なしこりを残したくも無かったのかもしれない。
あくまでも「対等な立場」で「お願い」する。
(何度も書くようですが、「お願い」なんて可愛らしい行為では無かったかもですがw)
様々な意味で指差しの無かった奉太郎の推理シーンは良かったです。
とはいえ、推理シーンに必ずしも指差しシーンが必要な訳でも無いですから、おかしな感想ではあると思っております。
おわりに
前回の「氷菓」記事にて、「里志の自作自演では」というような事を書いてしまった事を反省しつつ…。
どんどこ面白くなる今作に目が離せません。
個人的には今後の奉太郎の推理スタイルにも注目しつつ、視聴を継続していきたいかなと思っております。
僕が思うに、今後も奉太郎が指さしを行う事は無いかなと思います。
それ程の事件には絶対に出会わないという確証もありますし、例え出会ったとしても、指さしという行為はしないんじゃないかな。
だって、指さし行為って自分の推理に自信が無いと出来ないと思うのですよ。
これまでの活躍を「たまたまだ」と謙遜し続ける奉太郎には、向かない行為。
自分の推理に自信を持たず、故に誇る事も無い。
積極的に謎に挑む事も無いけれども、それでも鋭い推理でえるの好奇心を満たし続け、里志の期待に添っていく。
指さしという行為一つだけで、奉太郎の省エネ推理スタイルが読み解ける気がしています。
なので、ホントに彼の推理スタイルにこれからも注目していきたいです!!