実写ドラマ「金田一少年の事件簿」 4人のはじめ像から迫る「初代最高」の理由と4代目が面白いワケ

はじめに

「金田一少年の事件簿N」が始まりました。
やはり面白いです。
過去のSP2本同様、4代目は「原点回帰」がなされていて、非常にしっくりきます。

初代からリアルタイムで視聴している身としては、どうしたって堂本剛さん演じる初代が至高かつ最高の存在として君臨しちゃっているのは仕方ない。
やっぱり僕だって堂本版がサイコーだと今でも思ってますし、ここは変わりません。

これは、視聴者それぞれ異なるでしょう。
それぞれシリーズ毎に大きなブランクがありますからね。
2代目・松本潤さん版から見た人は、2代目が一番だと考える。
3代目・亀梨和也さん版が初めてなら、彼が金田一として一番だと思う。
同様に4代目である山田涼介さん版から見始めた人にとっては、過去の3人よりも良いと感じている事でしょう。

ただ厄介なのが、役では無く役者まで見ちゃってる人も多いという事。
感想を回っていて気になった点でもあります。
初代が良いという人に対して、「松本さんも亀梨さんも良かったじゃないか」と反論している。
役者の演技力についての言及であれば、実写ドラマという性質上当然起こり得る反応の1つではありますが、これが「ファン目線」のものであると話は別です。

「単純に役者のファンであるから、彼らが貶められているかのような感想に反感を覚える」となると、作品とは関係の無い意見となってしまいます。
金田一を演じた歴々は、ジャニーズのアイドル。
それぞれに多くのファンを抱えているのですから、ファン同士のこういった争い(?)は致し方ないのかもですけれどね。

という事で、この記事では「役者と役柄を切り離して」書きます。
実写ドラマという性質上難しい事ですけれど、あくまでも「各シリーズで描かれた金田一はじめ像」を見直す事で、どうして僕が初代が一番と考えているのか。
そして、今回の4代目が面白いと評しているのかについて述べさせて頂きます。

原作の金田一はじめ

単純に原作に則しているかどうかで判断してみようという訳です。
原作の金田一少年のキャラクターはというと、「普段は落ちこぼれだけれど、事件が起きると別人のような頭の切れを見せる」という一種の二面性を持っています。

本当に普段は頼りない。
喧嘩が強い訳でも無いし、運動神経も悪い。
勉強は落第スレスレだし、授業はサボるわ、タバコは吸うわ(直接吸ってるカットは無いですが)…。
幼馴染の美雪ですら、はじめの本来の能力を知らなかった位で、普段の彼は「ダメダメ」の一言で片づけられる少年でした。

ところが事件が起きるとガラッと変わるのが、名探偵金田一はじめの魅力。
IQ180の天才的な頭脳と鋭い洞察力を以て、事実の積み上げから1つの真相を見抜く様は、普段の彼と同一人物とは思えない程。
誰よりも人に優しく、犯罪に厳しい姿勢は、多くの殺人者を”救済”してきました。
ドジでお調子者だけれど、人懐っこく、明るい彼本来の性格もあってか、殺人者達もはじめの人間性に惹かれている…のかもしれません。

「金田一耕助」の孫であることに誇りを持ち、しかし、決して自らの能力をひけらかさない。
そこも魅力でありますね。
つい先日放送された「ネオ(TVシリーズ第4期)」第1話「銀幕の殺人鬼」にこのようなシーンがありました。
原作より台詞だけ抜粋してみます。
尚、蔵沢とはこの事件の容疑者の1人であり、有名な映画監督を祖父に持つ高校生(映画監督志望)という設定。

蔵沢「ところで君はあの金田一耕助の孫なんだって?」
金田一「え?」
蔵沢「七瀬君から聞いたよ」
蔵沢「僕も映画界の巨匠 蔵沢明の孫なんだよ お互い偉大な祖父を持つと苦労するね‥‥」
金田一「別に?そんなことないっスよ!」
蔵沢「ほう‥‥?」
金田一「ジッチャンのことは誇りに思うけど‥‥俺は俺だからさ!!」
蔵沢「僕も君みたいにはなからあきらめられたら どんなに気がラクか‥」

偉大な祖父を持つことによるプレッシャーや周りからの過度な期待。
そういうのに押しつぶされそうになっている蔵沢に対して、はじめは飄々と「祖父は祖父」と言ってのける。
よくある「親の威光に押しつぶされそうで、捻くれてしまうキャラクター」像はそこにはなく、祖父を尊敬しつつも一線を引き、自分の道を進んでいる姿がこのやり取りから受け取れます。

簡単に纏めてみると、原作のはじめはこういうキャラクター像をしていて、で、これが「スタンダード」な訳です。

それぞれの金田一はじめ像

さて、実写ドラマ第1作。
「金田一少年」という作品としても初めてのメディアミックス。
素直に原作に寄り添った設定となっていました。
初代はじめは、まさに原作の再現だった訳です。
学校での成績は悪く、性格もそのまま。
事件に対する態度もそのままに、原作はじめをコピーしていました。

では、2代目はじめを見てみましょう。
すると、ちょっと拗ねた感じの…どこか斜に構えたクールさが際立つ「はじめ像」でした。
妄想癖があったりとどこか恍けた雰囲気も併せ持っていましたが、原作のような人懐っこさは見られず。
この変更は、あくまで意図したものだった筈です。
堂本版から4年。
スタッフ・キャストも一新し、はじめのキャラクターも見直しが図られたのかなと。
「全く同じにしてもダメ」という考えがあったのでしょうね。
実際役者が変わるので、中身(性格)も変えた方が受け入れられやすいというのがあったのかもしれません。

このような考えを更に強めた感があるのが、3代目。
特番1本しか作られなかった(TVシリーズの構想はあったらしいですけれどね)3代目は、マスコミ発表段階から「違い」が大々的に報じられました。
「じっちゃん嫌い」。
まさに原作を覆すような大胆な変更でした。
実際には嫌いという訳では無く、「好きだけれど、コンプレックスを抱えている」という設定であり、報道から想像していた感じではありませんでしたが、原作のはじめのイメージとは最もかけ離れていました。

初代が一番という人は、役者(好き嫌いや演技力等)を無視すれば、恐らく「堂本さん演じたはじめ」の「キャラクター」を基準にして、その後のシリーズを見ているというのが多いんじゃないでしょうか。
僕がそうなんですよね。
特に僕は原作よりも先に「堂本版」で「金田一少年」に入ったので余計に。

そんな僕が、4代目を楽しんでいる。
初代に近いノリで面白いと思っているんです。
音楽担当を初代の見岳章さんに戻し、BGMを初代のものにしてるから…というのもあるかもしれません。
制服が一緒だったりと細部まで初代を意識して作られているというのも否定出来ない要素。
(この辺、4代目第1作の感想でも同じような事を書いた気がしますw)
だけれど、それ以上に大きいのは、4代目はじめの人物像が、初代に…原作に近寄ったからですね。

原作よりもエロイ部分が強調されていたり、運動神経が良かったりという違いはあります。
が、それ以外の部分は原作に寄り添っている。
これが本当に大きかったです。
見慣れた・馴染み深いはじめ像がそこにはあったんです。

時間が経過したからこそ、原点回帰が可能だったのかもしれない

初代の終了(97年)から17年経ち、だからこその「原点回帰」だったのかなと。
2代目、3代目の頃は、まだまだ初代の影響が色濃く残ってしまっていた時期。
2代目が2001年、3代目が2005年。
4年ごとに代を重ねていたものの、「初代を知っている」視聴者はまだまだ多かったと思うんです。
いや、今も充分多いんですけれどね。

ただ、3代目から数えても9年経っているんです。(厳密には4代目処女作が2013年なので8年)
「前作を意識して、意図的にキャラクター像を変える」必要性って、3代目までに比べるとずっと少ない。
あえて原作を改変してまで、キャラクターを弄るよりかは、再び原作に寄り添ってみても問題無い位の時間は経っている気がするんです。

どんな理由が背後にあったのかは定かではありませんけれど、久方ぶりに原作の金田一はじめを再現したかのような4代目。
つまらない訳が無いんですよね。

雰囲気が明るすぎる4代目

ほんの些細な気がかりとしては、やや明るすぎるかなというのがあります。
今作の魅力は日常と事件時の落差です。
ほのぼのとした日常シーンが、殺人が起きるや否や恐怖とスリルに満ちた重たい空気を纏う。
これが金田一はじめ自身のキャラクター性と重なって、見た目にも緩急が付くんですが、4代目はやや緩いですよね、空気が。

事件が起こってもどこかほのぼのとした明るさがあり、悪く言えば緊張感に欠ける。
良く言えば、気軽に見やすい。
(初代は事件のシーンが非常に重くるしいので、作品を見るのに多少の「見るぞ!」という勢いが必要w)

はじめの「普段の落ちこぼれ高校生時」と「じっちゃん譲りの名探偵時」という二面性を立たせる為にも、この辺の境目ももう少しきっちりと付けてくれると嬉しいなって。
事件が起こったら、雰囲気も暗く・重く。
ミステリアスかつスリリングに。
画面から怖さが滲み出るような感じになってくれると、よりはじめのキャラクター性も引き立つと思います。

アニメ「R」がどうも9月いっぱいで終わる感じだとハッキリとしてしまい、ちょっと落ち込みながら書いてますが…。
が。
9月まではアニメもドラマも。
そして原作も。
たっぷりと「金田一少年」に浸れそうなので、この期間楽しみ抜きたいものです。

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