「スパイ教室」第1巻感想 どこを取っても大賞の名に恥じない傑作

この記事は

「スパイ教室」第1巻の感想です。
ネタバレあります。

はじめに

面白かったぁぁぁ。
これは傑作。
ラノベ版「暗殺教室」というファンの触れ込みに成程。
実際参考にされたのかどうかは不明ですけれど、「暗殺教室」のエッセンスにオリジナリティ溢れる加工を施していて、非常に楽しい作劇に仕立てられておりました。
笑いあり、泣きアリ、そして、爽快なトリックありのエンタメ小説でした。
感想です。

張り巡らされた心理トラップ

今作には大仕掛けが仕組まれていました。
別にミステリじゃないからと油断していた…というのは負け犬の遠吠えですね。
はい。素直に認めさせてください。
すっかり騙されちゃったぜい(笑
愉快愉快。気分が良いです。
いや~まさか読者に対して欺いてくるとは想像の埒外でした。

やっぱり序盤が巧かったとしか言えないですね。
僕が気付いた限りの「心理トラップ」を列挙してみます。

トラップ①ラノベらしさ

主人公はクラウスなのか、リリィなのか。
まぁいずれにせよキャラが濃い。
癖が強くて、特にリリィは「本当にスパイなのかよ」と頭を抱えそうになるほど、およそスパイらしくない濃ゆいキャラをしてる。
どこまでも自己中で、とっても強か(したたか)で、バカみたいに前向きで明るい。
しかもリリィのような曲者スパイ(の卵。しかも落ちこぼれというオマケつき)の女の子が何人も出てくる。
この辺が実にラノベらしい設定ですけれど、この「ラノベらしい」というのがもう既に罠なんですよね。

トラップ②コミカルなノリ

教えるのが超絶下手糞な天才クラウスは、リリィら教え子たちに「自分を襲う事」を命じます。
それが最上のスパイの訓練になるという名目で。
実際、クラウスは彼女たちの策を悉く破っては、鼻で笑って、敢えてなのか敵意を植え付けるんです。
共通の敵を持って団結する彼女たちは、ドタバタとした特訓の日々を送るのですけれど、どこかコメディ調で描かれています。
さて、女三人寄れば姦しいと言います。
姦しい彼女たちとスパイとしては最強だけれどポンコツなボス・クラウスの会話の楽しさが、本作の肝なのだと思うのです。
クスリとさせられる会話の応酬で、序盤は特にハイテンションで進んでいきます。
死亡確率9割という超難関ミッションに落ちこぼれスパイ達だけで挑まなければならないというシリアスな雰囲気をぶち壊すほどに軽いノリで序盤は過ぎていくのです。
ノリも会話も緊張感の欠片も無く、ハードでシリアスな物語を期待している読者は肩透かしを食らうかもしれませんけれど、気を抜いてはいけません。
それ自体が既に罠なのです。
気を抜いてしまったら、それはもう作者の掌の上です。

トラップ③伏せられた名前

そんな序盤ですけれど、僕が読んでいて、ただ1つスパイらしいなと勝手に解釈してたのがキャラの名前についてです。
三人称視点で書かれている本作に於いて、この序盤でキャラの名前が明かされるのはクラウス、リリィ、エルナの3人のみ。
それ以外の少女たちの名前は伏せられており、一様に「〇〇の少女」として書かれています。
〇の中には髪の色が入るのですけれど、この辺がどこか「顔を見せない」スパイらしさなのかなと思っていました。
振り返ってみると、リリィも冒頭で仮名であると書かれてましたので、名前を伏せる事が当たり前のような錯覚に陥ったのかもです。
なんの疑問も持たずに、この「ルール」にいつしか縛られていました。罠だとも知らずに。

そうして愚鈍な僕は騙される。

女の子が複数人出て来てもラノベだからと自然に受け入れてしまって、「何故複数人必要なのか」を全く考えもしなかったです。
2人や3人ではこの仕掛けは成立しにくい。
異性が混ざっていても同様です。
このくらいの人数がいないと難しいからこその設定だったのですね。

コミカルなノリは、完全にワザとなのでしょう。
読みやすさを考慮したとか、作者さんの本来の筆致なのかもですが、恐らく敢えて緊張感の無い緩いノリで書かれている気がします。
ここには伏線は仕込んでませんよ的な作者さんの罠なんですよ。
ほら、コミカルだとこっちもスラスラと読み進めちゃうじゃないですか。
大事な伏線は書かれてないと思い込んで。
そういうのを狙ってたんじゃないかなと深読みして見たり。

名前出すともう答え合わせになっちゃいますからね。
「あれれ~?これっておかしくない?」と某コナン君ばりの冴えを見せる読者が増えちゃいます。
名前があると「顔」が分かって、トリックも気づかれやすくなってしまう。
だから伏せていたのかなと。

ころっと騙されたのは、もしかしたら少数派なのかもしれません。
きちんとキャラに着目して読んでいれば、不自然さに気づいたのでしょうから。
僕はどこまでも抜けてるので、引っかかりもしなかったなぁ。
大事な潜入時に、大きくて邪魔になる「荷物」を持ってるという不自然さも気にも留めてませんでしたよ。
闇に紛れて素早く動かないといけないスパイが、速度を殺すほど思い物持ってたらおかしいよねw

綺麗に騙されてしまって、この点だけで僕は非常に満足してしまいました。

どこを取っても大賞の名に恥じない傑作

さてさて、騙された僕が言うのもなんですが、このトリックは別に作者さんが一番魅せたかったことでは無いですよね。
多分。
ここは綺麗に騙されても、看破されても良いと思っておられるんじゃないかなと。
確かに物語にツイストを効かせる為には読者を騙してナンボなんですけれど、別にトリック小説じゃないですからね。
あくまでもキャラを描いていく作品なのでしょう。
彼女たちの能力も、明かされたのはリリィとエルナのみです。
他のスパイ達にはスポットも当たってません。
1人1人「お当番回」を作りながら、じっくりと本筋を進めていくという作りになるのではないかと想像を膨らませてます。

だからこそ、騙されてくれたらいいな程度のノリで仕込まれていたんではないかな。
もしも本気で騙しに来てたら、もっと凝っていたはずですよ。
例えばさ、スパイの女の子の中に双子を入れておけば、グッと難解になりますよね。
髪色が一緒ということにして、A子ちゃんもB子ちゃんも「赤髪の女の子」という呼称で書けばOK.
あとは、場面場面で利き手が違うという伏線を仕込んでおけば、フェアに読者を誤認させられそうです。
本気で騙そう感が無かったし、本作はキャラに主眼が置かれていくことが匂わされています。
なんたって「新しい家族の物語」だという方向性が最後に出たわけですから。

何が言いたいのかと言えば、この読者を騙す手段だけで本作を評価しちゃダメなんだということ。
ハイテンションなノリも。
ツッコミの冴え渡る会話のユニークさも。
緊迫感溢れる情報戦も。
そして、魅力いっぱいのキャラ達も。
全てが本作の魅力であり、肝なのだと思います。

キャラの魅力、会話の面白さ、捻りの効いた骨太のストーリー。
どこを取っても大賞の名に恥じない傑作だと感じました。

終わりに

シリーズ化を前提にしてくれてるのが嬉しいじゃないですか。
打ち切る時は意外とバッサリと打ち切るラノベ業界ですが、末永く末永く続いて欲しいシリーズに出会えました。

ということで、このネタバレ多めの拙い感想を読んでくださった方。
どうか。どうか書店で書籍版をお買い求めください。
出来れば。すぐにでも。

なんかまだまだ電子版の売上って重要視されてないらしいじゃないですか。
紙の本の初動(発売後1~2週間くらい?)で大方の「打ち切るか否か」が決まるらしいですよ。
という訳で、Kindleで買った僕の代わりに、誰か紙で買ってプリーズ。
(お前が買えよって話ですよね)

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