「やがて君になる」は最後まで「心情描写の教科書」だった【総括感想】

この記事は

「やがて君になる」の総括です。
ネタバレあります。

祝・完結

「やがて君になる」最終第8巻を読了いたしました。
良質な物語を一切だれることなく、過不足なく綺麗に纏められていて、流石の上手さだなと。

タイトルの意味合いも今一つ咀嚼出来ていなかったのですけれど、ようやく僕なりの答えが出てくれました。
「君」というのは、燈子のことだったのですね。
姉である澪として振舞ってきた彼女は、「澪」であり続けることを望んでいた。
けれど、侑と出会い、彼女との関係を築くうちに変化を受け入れ、自分の意志で変わっていくことを決意する。
やがて「澪」から「燈子」=「君」になる。

「今更!?」と思われるかもですが、読解力のない僕は、最後まで読んでやっと辿り着けました。
…いや、まぁ、この解釈が間違っていたら赤っ恥なのですけれども。

とにもかくにも、本当に心情描写の上手い作品であったなと。
心の機微を表情や間など「セリフ」だけに頼らないで読者に伝えることに長けていました。
だからこそ、東大生にも好かれていたのでしょうね。

心理描写の教科書

「PRESIDENT Online」2019年1月11日に興味深い記事が掲載されていました。

PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

東大生だってマンガを読む。だがその読み方がちょっと違うらしい。現役東大生作家の西岡壱誠さんは「東大生は『複数の視点からの…

現役東大生が「新刊が東大生協で発売後すぐに売り切れる漫画」として今作を挙げて、その理由を述べている記事です。
心情描写が巧みで、1人1人の内面を丁寧に描いている。
故に、様々な人物の「視点」に立って漫画を読むことが多い東大生にとっては「読めば読むほど、物語が心の奥深いところに届く」(原文ママ)のだそうです。

あくまでもこのライターさん周りの「東大生に人気」なのでしょうけれども、非常に納得のいく記事であったことは確かなのです。
ここで上手い例えをビシッと出せるのが、優良な感想ブログなのでしょうけれど、そこは駄ブログを地で行く僕のブログでは出せるわけもなく。
勘違いして欲しくないのは、作中に適したシーンが無い訳では無くて。
いっぱいあるのですけれど、探す手間を惜しんだだけです。面倒くさがりでごめんなさい。

ただ、何もないのもあれなので、例えとして適してるかは兎も角、1つだけシーンをピックアップ。
第1話での侑と燈子が生徒会室で話している時。
好きな男子からの告白を断った侑の手を取る燈子。
その手は少し汗ばんでいて…。
燈子が緊張している、つまりは、侑に対して特別な感情を持ったことを表現しています。

第8巻第40話で同様のシチュエーションがありました。
やはり生徒会室で2人きりの時です。
燈子が侑の手を取るのですけれど、その手は震えていました。
緊張の場合も手が震えるのですけれど、ここでは侑がそうじゃないよと教えてくれています。
燈子は「怖い」のだと。

1話の頃は、侑に好きになってもらわなくてよいと思っていたのだからこそ、「振られる恐怖」よりも「好きな気持ち」が強く出ていた。
よって震えではなくて汗をかいた。
40話では、侑に振られたくない・好きになって欲しいという気持ちの方が強く、故に、震えてしまった。
同じアクションでも燈子の心境がガラッと180度変化しており、その変化を「手」だけで表現されているのです。

件の記事内では、今作を「文学的な漫画」と評していますが、文学的表現って意図が読みにくいことが多々あるじゃないですか。
何が言いたいのかいまいち判然とせずに、なんとなくで理解した気にしかなれないこともあります。
でも、この漫画ではそういうことって殆ど無くて、「答え」が表情であったり、演出であったり、セリフに隠れているんですよね。
一読して分からなくても、何度も繰り返し読めば、答えに辿り着けるように工夫がされているんです。

それは「分かりやすく作った幼稚な表現」だからではなくて「心情描写を分かりやすく読者に伝えることの出来るテクニック」なのだと思います。
作者が独りよがりに作っているわけでは無くて、考えれば誰にでも伝わる感情を丁寧に紡いでいるからなのだと。
だからこそ、僕はこの漫画が「心理描写の教科書」と呼びたいほど秀逸な作品だと思うのです。

終わりに

それにしても、帯の演出が心憎い。

第1巻(画像左)は「わたしを好きな、わたしの先輩。」
第8巻(画像右)は「わたしの好きな、わたしの先輩。」
たった一文字変えるだけで、これまでの2人の関係性の変化を表現してる。

表紙イラストも同様ですね。
1巻も最終巻も燈子は侑を見つめていて、彼女が侑を好きな気持ちを表現している。
対して侑は、1巻では「この人の気持ちが分からない」って表情。
8巻では微笑んで燈子を見つめています。
手にも注目。
1巻では、侑の頬にあてた燈子の手が「一方的な愛」を表現。
8巻では、2人の手は中央で握られ、それも「恋人繋ぎ」になっている。

「侑と燈子が見つめあうバストショットのイラスト」という同様のシチュエーションで、全く異なる物語を背景に持たせているのは、本当に芸が細かいです。
本編はもっともっと秀逸な表現で溢れています。
是非お手に取って、1つ1つ噛みしめながら楽しんで頂きたい名作ですね。

最後まで非常に楽しく読ませていただきました。
仲谷先生の次回作にも期待しております。
ありがとうございました。

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